| 11/07 | |
友情10周年記念 |
何時だったか友人と何度目かのアフリカ旅行に出掛けました。その頃は、私たち二人はどちらも個人旅行をしていたのですが、政情が不安定で、無難なツアーに入ることにしました。
私たち二人以外は、画家夫妻とその妻の二人友人で、計6人でした。
アフリカ旅行にはどうしてだか画家という人に多く出会います。実は一緒の私の友人も画家なのです。アフリカは、画家たちにとって魅力を感じて旅先に選びやすい国々なのかも知れません。
私達以外は70歳前後の人たちで、それに比べると私たちは当時大分若かったのです。
旅行中は驚くことばかりでした。
まず、この夫婦が何時もアクセサリーを付けているのですが、夫がじゃらじゃらしたネックレスなど平気で付けています。閉口した私が「随分変わった物を付けられますね」というと、「いやあ、褒めて貰って。毎朝女房と付けたい物を取り合うんですよ」との返事。男性でも、じゃらじゃらネックレスを付けて妙に似合うのですから、他人が言うことではないのですが、これ、アフリカだから良いようなものの、日本の中だったら振り返えられると思います。
女性の一人は、変に色っぽくて、20代のアフリカ人ガイドに秋波を送り続けるのには、やるなあという感想よりも「いい加減にしとけば」という気分になりました。タンザニアでのある朝朝食に出掛けようと部屋から出ると、不景気でもう何年も手を入れていないおんぼろホテルが、なんだか揺れているような感じなのです。友人と顔を見合わせていると、友人がこれってお経?と言うではありませんか。後で知ったのですが、この女性は熱心な創価学会の信者で、夢中になると1〜2時間お経を唱えるのだそうです。その一心不乱の読経の波動が、ホテル全体に広がって揺れているように感じたのです。あんな凄いお経は初めて聞きました。
ある日、丁度誕生日だった画家のために、ガイドが気を効かせてケーキを注文しました。それが運ばれてくると、レストランの他の客も全員でハッピーバースデイを歌ってお祝いしました。
彼はそのお返しのつもりでか、オーソレミーヨを歌い出しました。大声を張り上げて歌う歌声や姿に、レストランの客は拍手喝采。一番二番の時はそうでしたが、三番になるとただ大声だけの歌唱力に、みんな嫌気がさしてきています。空気読めなくて、ずっと歌い続ける彼に、同じテーブルの私たちは恥ずかしくて顔から火が出そうでした。
これもある晩のこと、6人同じテーブルで何時も食事をするのですが、友人と二人で楽しくお喋りをしていて、ハッと気づくと、4人がじっと私たちを見つめているのです。何これ?すると創価学会のおばさんがおもむろに「良いわねえ、貴方たち会話が弾んで。明日から席を色々変えましょう」と言ったのです。私たち共有物じゃな〜いっての。
このツアーの最中、私と友人二人は、アフリカで知り合い、友人になっての10周年の記念を盛大に祝いました。夜の10時もう他の客のいなくなったレストランで、大きなケーキを、そこに集まってくれたレストランのコックやボーイと分け合って、アフリカの歌を歌って騒ぎまくりました。そもそもこの旅行はそのための旅行でした。あんな素晴らしいアフリカの夜の思い出は、今も私たちの宝物です。
ツアーそのものは疲れ果てました。でも今振り返るとおかしくて笑っちゃうんですけれど。
私たち二人以外は、画家夫妻とその妻の二人友人で、計6人でした。
アフリカ旅行にはどうしてだか画家という人に多く出会います。実は一緒の私の友人も画家なのです。アフリカは、画家たちにとって魅力を感じて旅先に選びやすい国々なのかも知れません。
私達以外は70歳前後の人たちで、それに比べると私たちは当時大分若かったのです。
旅行中は驚くことばかりでした。
まず、この夫婦が何時もアクセサリーを付けているのですが、夫がじゃらじゃらしたネックレスなど平気で付けています。閉口した私が「随分変わった物を付けられますね」というと、「いやあ、褒めて貰って。毎朝女房と付けたい物を取り合うんですよ」との返事。男性でも、じゃらじゃらネックレスを付けて妙に似合うのですから、他人が言うことではないのですが、これ、アフリカだから良いようなものの、日本の中だったら振り返えられると思います。
女性の一人は、変に色っぽくて、20代のアフリカ人ガイドに秋波を送り続けるのには、やるなあという感想よりも「いい加減にしとけば」という気分になりました。タンザニアでのある朝朝食に出掛けようと部屋から出ると、不景気でもう何年も手を入れていないおんぼろホテルが、なんだか揺れているような感じなのです。友人と顔を見合わせていると、友人がこれってお経?と言うではありませんか。後で知ったのですが、この女性は熱心な創価学会の信者で、夢中になると1〜2時間お経を唱えるのだそうです。その一心不乱の読経の波動が、ホテル全体に広がって揺れているように感じたのです。あんな凄いお経は初めて聞きました。
ある日、丁度誕生日だった画家のために、ガイドが気を効かせてケーキを注文しました。それが運ばれてくると、レストランの他の客も全員でハッピーバースデイを歌ってお祝いしました。
彼はそのお返しのつもりでか、オーソレミーヨを歌い出しました。大声を張り上げて歌う歌声や姿に、レストランの客は拍手喝采。一番二番の時はそうでしたが、三番になるとただ大声だけの歌唱力に、みんな嫌気がさしてきています。空気読めなくて、ずっと歌い続ける彼に、同じテーブルの私たちは恥ずかしくて顔から火が出そうでした。
これもある晩のこと、6人同じテーブルで何時も食事をするのですが、友人と二人で楽しくお喋りをしていて、ハッと気づくと、4人がじっと私たちを見つめているのです。何これ?すると創価学会のおばさんがおもむろに「良いわねえ、貴方たち会話が弾んで。明日から席を色々変えましょう」と言ったのです。私たち共有物じゃな〜いっての。
このツアーの最中、私と友人二人は、アフリカで知り合い、友人になっての10周年の記念を盛大に祝いました。夜の10時もう他の客のいなくなったレストランで、大きなケーキを、そこに集まってくれたレストランのコックやボーイと分け合って、アフリカの歌を歌って騒ぎまくりました。そもそもこの旅行はそのための旅行でした。あんな素晴らしいアフリカの夜の思い出は、今も私たちの宝物です。
ツアーそのものは疲れ果てました。でも今振り返るとおかしくて笑っちゃうんですけれど。
