| 08/15 | |
部品の劣化・摩耗 |
自分が誕生以来使い続けてきた体の部品の劣化・摩耗が、日に日に進行中です。
脳もそうなのですが、これは怖すぎなので今日は無視して、もっと手近なところからの話題です。
歯は幸い補強はしていますが、28本自分の歯で、この分では総入れ歯の世話にはならないで済みそうです。
目はガタが来ていますが、本も読めるし映画もTVも楽しむことが出来ます。ただ将来どうなるかは不明です。
問題は耳です。どうも小さいときから右耳が難聴なのです。といっても気づいたのは、結婚して何かの拍子に呼ばれたような気がして夫の方を振り返ったら、彼が不思議そうな顔をしていたのです。それでハッとして、私耳悪い?と聞いたらすごく納得した顔をして「そうなんだ! 以前から変だなと思うことがあったよ」と言ったのです。
夫は中学の同級生で、当時から呼んでも振り向かないことがあったのだそうです。
とはいえ、日常生活で取り立てて困ることもなかったので、聴力を調べたのはそのずっと後でした。それも右耳が軽度難聴でしたから、そのままにしていました。
ところがこの一年、漫才の早口が聞き取れない、邦画の台詞が聴きとれない、伸助やタモリのは聞き取れるけれど、サンマやタケシの発音は聞き取れないといったことが気になり出しました。
勿論私だけの問題ではなく、日本人の物言いはもそもそ言うことが多いですし、早口の若者言葉が聞き取りにくいのは私だけのことではありません。こんな風に色々理由を付けるものの、聴力の低下は否定できません。
そうしている矢先、私の住む老人ホームに眼鏡と補聴器の検診・相談会が開かれました。早速予約を入れそれを受けてみました。すると、数年前より両耳とも機能が低下しています。補聴器を絶付けた方がいい状態というわけでもないけれど、必要なときのポイント使用をと勧められました。試しに補聴器を付けてみると違和感がかなりあります。使うことへの抵抗もまだあり、目下躊躇っています。
話は少し余談になりますが、補聴器の調整に、PCを使うのにびっくりしました。付けたとき自分の声が二重に聞こえる、近くも物音が大きく聞こえ過ぎというのは、PCで機能を変えて「これでどうでしょう」と調整していきます。変なコンピューター信仰かも知れませんが、えらく感心もし、納得も行くものでした。
劣化・摩耗は際限なく体の内部にも及んでいますが、特に耳や目が不自由になることが怖いのは、それが外界との交流の手段として大事なものだからです。
衰えるって、不自由で辛いことです。
終わっていくことって、本当に大変で一大事業です。こんなすごい事業は今までしたこともありません。
部品を新品と交換できないのかなあ。おっと、それも怖いことですね。だってそうしてたら死ねなくなってしまいます。
人間は終わりがあるからこそ、まともな生き方をしようとするものかもしれないのですから。
脳もそうなのですが、これは怖すぎなので今日は無視して、もっと手近なところからの話題です。
歯は幸い補強はしていますが、28本自分の歯で、この分では総入れ歯の世話にはならないで済みそうです。
目はガタが来ていますが、本も読めるし映画もTVも楽しむことが出来ます。ただ将来どうなるかは不明です。
問題は耳です。どうも小さいときから右耳が難聴なのです。といっても気づいたのは、結婚して何かの拍子に呼ばれたような気がして夫の方を振り返ったら、彼が不思議そうな顔をしていたのです。それでハッとして、私耳悪い?と聞いたらすごく納得した顔をして「そうなんだ! 以前から変だなと思うことがあったよ」と言ったのです。
夫は中学の同級生で、当時から呼んでも振り向かないことがあったのだそうです。
とはいえ、日常生活で取り立てて困ることもなかったので、聴力を調べたのはそのずっと後でした。それも右耳が軽度難聴でしたから、そのままにしていました。
ところがこの一年、漫才の早口が聞き取れない、邦画の台詞が聴きとれない、伸助やタモリのは聞き取れるけれど、サンマやタケシの発音は聞き取れないといったことが気になり出しました。
勿論私だけの問題ではなく、日本人の物言いはもそもそ言うことが多いですし、早口の若者言葉が聞き取りにくいのは私だけのことではありません。こんな風に色々理由を付けるものの、聴力の低下は否定できません。
そうしている矢先、私の住む老人ホームに眼鏡と補聴器の検診・相談会が開かれました。早速予約を入れそれを受けてみました。すると、数年前より両耳とも機能が低下しています。補聴器を絶付けた方がいい状態というわけでもないけれど、必要なときのポイント使用をと勧められました。試しに補聴器を付けてみると違和感がかなりあります。使うことへの抵抗もまだあり、目下躊躇っています。
話は少し余談になりますが、補聴器の調整に、PCを使うのにびっくりしました。付けたとき自分の声が二重に聞こえる、近くも物音が大きく聞こえ過ぎというのは、PCで機能を変えて「これでどうでしょう」と調整していきます。変なコンピューター信仰かも知れませんが、えらく感心もし、納得も行くものでした。
劣化・摩耗は際限なく体の内部にも及んでいますが、特に耳や目が不自由になることが怖いのは、それが外界との交流の手段として大事なものだからです。
衰えるって、不自由で辛いことです。
終わっていくことって、本当に大変で一大事業です。こんなすごい事業は今までしたこともありません。
部品を新品と交換できないのかなあ。おっと、それも怖いことですね。だってそうしてたら死ねなくなってしまいます。
人間は終わりがあるからこそ、まともな生き方をしようとするものかもしれないのですから。
