| 08/29 | |
何時も一番でいたい人 |
中学3年で転校してきたその人はとても素敵な人でした。
背がすらりと伸び色白の美人で、聡明で勝ち気そうな顔つき。その上成績も運動神経も抜群。前の学校ではバレーボールの選手だったそうで、私達の中学のそれを「こんなのバレーボールって言わないわよ」と言っていました。私たちは感心してそんなものなのかと思って聞いていました。
中学を卒業したての頃のクラス会では、高校の勉強の進み具合を話し、高校に入ってからも受験の話ばかりします。大学に行かない人が大勢いるのにと、周囲ははらはらしました。
以前からその傾向があったのですが、この頃からはもっと変に行き過ぎる傾向が多々目立つようになってきました。母親が亡くなって継母が来たのですが、この継母に対する悪口や仕打ちが半端じゃなく、どうしてそこまで?と思うことがあってびっくりの連続でした。
一流大学に入り、卒業後はこれまた一流企業に就職しましたから、ずっと仕事を続けるのかなと思っていたら、あっけなく同僚と結婚して退職しました。「貴方のお相手だから、さぞ頭のいい方なのでしょうね」と言った私の一言に、「何言っているのよ。私の結婚相手だから反対の凡人を選んだわよ」との返事で、これには何様?という感じでした。
子供が出来たら、その子供たちのことをすごく自慢するのです。塾の先生が「この子は大きくなったら東大間違いなし」と言ったといった類の話をクラス会の度に聞かされ、みんなが段々彼女の近くに座るのを避けるようになってきました。
マイホームを建てたときは、余程嬉しくて自慢だったのでしょう。「貴方、遊びに来て。貴方も来て良いわ」と大勢の中から来て欲しい人を選んでいましたが、誰一人クラスで行った人はいません。「行ったって、どうせ自慢話を聞かされるだけでしょう?」とみんなが思ってしまうのです。
最近は夫と山登りをしているというので、「仲が良くていいわね」と言ったら、「私に対等に着いてこられる運動といったら山登りぐらいですもの」との返事。会ったこともない彼女の夫に同情しました。
ところが一番最近のクラス会では、自慢話を全くしなくなりました。自慢の息子達の話も家の話も一切しません。精彩を欠いた表情で一人ぽつんとしています。終わったあと数人の人について行ってバーゲンを漁り、クラスメートの噂話をするただのおばさんになっていました。
考えてみれば、彼女は小さいときから成績がよく、すべてに優れていないといけない育ち方をしたのでしょう。年月と共に、「何時でも人より優れていること」に挫折してしまったのでしょう。本当に気の毒だと思います。
その点私は、外から見ると恵まれたお嬢さん育ちと思われながら、その実偏った環境の中、父親への敵意と殺意、救いの手を差し伸べることの無かった母親への恨みをずっと抱いて育ってきました。それを自分にも非があることとして受け止め、なんとか自己実現出来た自分の幸せを思わずにはいられません。
背がすらりと伸び色白の美人で、聡明で勝ち気そうな顔つき。その上成績も運動神経も抜群。前の学校ではバレーボールの選手だったそうで、私達の中学のそれを「こんなのバレーボールって言わないわよ」と言っていました。私たちは感心してそんなものなのかと思って聞いていました。
中学を卒業したての頃のクラス会では、高校の勉強の進み具合を話し、高校に入ってからも受験の話ばかりします。大学に行かない人が大勢いるのにと、周囲ははらはらしました。
以前からその傾向があったのですが、この頃からはもっと変に行き過ぎる傾向が多々目立つようになってきました。母親が亡くなって継母が来たのですが、この継母に対する悪口や仕打ちが半端じゃなく、どうしてそこまで?と思うことがあってびっくりの連続でした。
一流大学に入り、卒業後はこれまた一流企業に就職しましたから、ずっと仕事を続けるのかなと思っていたら、あっけなく同僚と結婚して退職しました。「貴方のお相手だから、さぞ頭のいい方なのでしょうね」と言った私の一言に、「何言っているのよ。私の結婚相手だから反対の凡人を選んだわよ」との返事で、これには何様?という感じでした。
子供が出来たら、その子供たちのことをすごく自慢するのです。塾の先生が「この子は大きくなったら東大間違いなし」と言ったといった類の話をクラス会の度に聞かされ、みんなが段々彼女の近くに座るのを避けるようになってきました。
マイホームを建てたときは、余程嬉しくて自慢だったのでしょう。「貴方、遊びに来て。貴方も来て良いわ」と大勢の中から来て欲しい人を選んでいましたが、誰一人クラスで行った人はいません。「行ったって、どうせ自慢話を聞かされるだけでしょう?」とみんなが思ってしまうのです。
最近は夫と山登りをしているというので、「仲が良くていいわね」と言ったら、「私に対等に着いてこられる運動といったら山登りぐらいですもの」との返事。会ったこともない彼女の夫に同情しました。
ところが一番最近のクラス会では、自慢話を全くしなくなりました。自慢の息子達の話も家の話も一切しません。精彩を欠いた表情で一人ぽつんとしています。終わったあと数人の人について行ってバーゲンを漁り、クラスメートの噂話をするただのおばさんになっていました。
考えてみれば、彼女は小さいときから成績がよく、すべてに優れていないといけない育ち方をしたのでしょう。年月と共に、「何時でも人より優れていること」に挫折してしまったのでしょう。本当に気の毒だと思います。
その点私は、外から見ると恵まれたお嬢さん育ちと思われながら、その実偏った環境の中、父親への敵意と殺意、救いの手を差し伸べることの無かった母親への恨みをずっと抱いて育ってきました。それを自分にも非があることとして受け止め、なんとか自己実現出来た自分の幸せを思わずにはいられません。
| 08/22 | |
ホームレスが熟眠できる庭 |
最近は、年寄りだけで住んでいる一軒家というのは何とも物騒。住人が事件に巻き込まれて新聞記事になったのをしばしば見かけます。
その度に私はある親戚のことが心配になります。
その親戚は70歳代のY(女性)と弟、この二人の母親、そして60代のお手伝いとで住んでいます。広い屋敷で、今時めずらしく鳥やら猫やらが住みついています。
ある日、Yが庭に出ると、庭の中程に傘が落ちていたのです。「あらこんな所に」と傘を拾い上げようとすると、傘の向こうにボストンバックが落ちていて、更にその向こうに男が寝ているのが見えたのです。
Yは何も見なかったように装って、家人に向かって「傘が落ちているわよ、後で拾ってね」と大声で言い、ゆっくり歩いて家の中に入りました。家人に今見たことを伝え、みんなで手分けをして戸締まりを厳重にして、110番に電話をしたのです。するとなんと、「ただ今混雑しています。そのままでお待ち下さい」というメッセージが流れるのだそうです。緊急で電話をしている時こんなメッセージだったらパニックになります。慌てて電話を切って、近くの警察に電話をしようとしたところ、110番との接続が切れないそうなのです。110番は一度掛かって来た電話は切れないようになっているらしいのです。これって本当にびっくりしますし慌てます。Yもえらく慌てましたが、幸い携帯電話を持っていたことを思い出し、それで近くの警察に電話をしました。警察官二人が近くの交番から自転車で駆けつけると、男が庭にいないのです。家の中の慌ただしい騒ぎに危険を察知して逃げたのでしょう。いくら探しても居ないので諦めかけた時、Yは塀にぴったり張り付いてまるで壁に擬態化している男を発見したのです。
男は、近くの駅周辺にいるホームレスで、騒音で眠れないので一晩ゆっくり眠りたかったそうです。ここの庭ならと入り込んで寝過ごしてしまったのだそうです。入るときは塀の上からポンと飛び降りたのが、出るときには足場が無くて上に登ることが出来なかったそうです。説諭だけで帰されたそうですが、何ともドジな男です。
その親戚がその後今まで以上に警備に力を入れたのは、当然のことです。
その度に私はある親戚のことが心配になります。
その親戚は70歳代のY(女性)と弟、この二人の母親、そして60代のお手伝いとで住んでいます。広い屋敷で、今時めずらしく鳥やら猫やらが住みついています。
ある日、Yが庭に出ると、庭の中程に傘が落ちていたのです。「あらこんな所に」と傘を拾い上げようとすると、傘の向こうにボストンバックが落ちていて、更にその向こうに男が寝ているのが見えたのです。
Yは何も見なかったように装って、家人に向かって「傘が落ちているわよ、後で拾ってね」と大声で言い、ゆっくり歩いて家の中に入りました。家人に今見たことを伝え、みんなで手分けをして戸締まりを厳重にして、110番に電話をしたのです。するとなんと、「ただ今混雑しています。そのままでお待ち下さい」というメッセージが流れるのだそうです。緊急で電話をしている時こんなメッセージだったらパニックになります。慌てて電話を切って、近くの警察に電話をしようとしたところ、110番との接続が切れないそうなのです。110番は一度掛かって来た電話は切れないようになっているらしいのです。これって本当にびっくりしますし慌てます。Yもえらく慌てましたが、幸い携帯電話を持っていたことを思い出し、それで近くの警察に電話をしました。警察官二人が近くの交番から自転車で駆けつけると、男が庭にいないのです。家の中の慌ただしい騒ぎに危険を察知して逃げたのでしょう。いくら探しても居ないので諦めかけた時、Yは塀にぴったり張り付いてまるで壁に擬態化している男を発見したのです。
男は、近くの駅周辺にいるホームレスで、騒音で眠れないので一晩ゆっくり眠りたかったそうです。ここの庭ならと入り込んで寝過ごしてしまったのだそうです。入るときは塀の上からポンと飛び降りたのが、出るときには足場が無くて上に登ることが出来なかったそうです。説諭だけで帰されたそうですが、何ともドジな男です。
その親戚がその後今まで以上に警備に力を入れたのは、当然のことです。
| 08/15 | |
部品の劣化・摩耗 |
自分が誕生以来使い続けてきた体の部品の劣化・摩耗が、日に日に進行中です。
脳もそうなのですが、これは怖すぎなので今日は無視して、もっと手近なところからの話題です。
歯は幸い補強はしていますが、28本自分の歯で、この分では総入れ歯の世話にはならないで済みそうです。
目はガタが来ていますが、本も読めるし映画もTVも楽しむことが出来ます。ただ将来どうなるかは不明です。
問題は耳です。どうも小さいときから右耳が難聴なのです。といっても気づいたのは、結婚して何かの拍子に呼ばれたような気がして夫の方を振り返ったら、彼が不思議そうな顔をしていたのです。それでハッとして、私耳悪い?と聞いたらすごく納得した顔をして「そうなんだ! 以前から変だなと思うことがあったよ」と言ったのです。
夫は中学の同級生で、当時から呼んでも振り向かないことがあったのだそうです。
とはいえ、日常生活で取り立てて困ることもなかったので、聴力を調べたのはそのずっと後でした。それも右耳が軽度難聴でしたから、そのままにしていました。
ところがこの一年、漫才の早口が聞き取れない、邦画の台詞が聴きとれない、伸助やタモリのは聞き取れるけれど、サンマやタケシの発音は聞き取れないといったことが気になり出しました。
勿論私だけの問題ではなく、日本人の物言いはもそもそ言うことが多いですし、早口の若者言葉が聞き取りにくいのは私だけのことではありません。こんな風に色々理由を付けるものの、聴力の低下は否定できません。
そうしている矢先、私の住む老人ホームに眼鏡と補聴器の検診・相談会が開かれました。早速予約を入れそれを受けてみました。すると、数年前より両耳とも機能が低下しています。補聴器を絶付けた方がいい状態というわけでもないけれど、必要なときのポイント使用をと勧められました。試しに補聴器を付けてみると違和感がかなりあります。使うことへの抵抗もまだあり、目下躊躇っています。
話は少し余談になりますが、補聴器の調整に、PCを使うのにびっくりしました。付けたとき自分の声が二重に聞こえる、近くも物音が大きく聞こえ過ぎというのは、PCで機能を変えて「これでどうでしょう」と調整していきます。変なコンピューター信仰かも知れませんが、えらく感心もし、納得も行くものでした。
劣化・摩耗は際限なく体の内部にも及んでいますが、特に耳や目が不自由になることが怖いのは、それが外界との交流の手段として大事なものだからです。
衰えるって、不自由で辛いことです。
終わっていくことって、本当に大変で一大事業です。こんなすごい事業は今までしたこともありません。
部品を新品と交換できないのかなあ。おっと、それも怖いことですね。だってそうしてたら死ねなくなってしまいます。
人間は終わりがあるからこそ、まともな生き方をしようとするものかもしれないのですから。
脳もそうなのですが、これは怖すぎなので今日は無視して、もっと手近なところからの話題です。
歯は幸い補強はしていますが、28本自分の歯で、この分では総入れ歯の世話にはならないで済みそうです。
目はガタが来ていますが、本も読めるし映画もTVも楽しむことが出来ます。ただ将来どうなるかは不明です。
問題は耳です。どうも小さいときから右耳が難聴なのです。といっても気づいたのは、結婚して何かの拍子に呼ばれたような気がして夫の方を振り返ったら、彼が不思議そうな顔をしていたのです。それでハッとして、私耳悪い?と聞いたらすごく納得した顔をして「そうなんだ! 以前から変だなと思うことがあったよ」と言ったのです。
夫は中学の同級生で、当時から呼んでも振り向かないことがあったのだそうです。
とはいえ、日常生活で取り立てて困ることもなかったので、聴力を調べたのはそのずっと後でした。それも右耳が軽度難聴でしたから、そのままにしていました。
ところがこの一年、漫才の早口が聞き取れない、邦画の台詞が聴きとれない、伸助やタモリのは聞き取れるけれど、サンマやタケシの発音は聞き取れないといったことが気になり出しました。
勿論私だけの問題ではなく、日本人の物言いはもそもそ言うことが多いですし、早口の若者言葉が聞き取りにくいのは私だけのことではありません。こんな風に色々理由を付けるものの、聴力の低下は否定できません。
そうしている矢先、私の住む老人ホームに眼鏡と補聴器の検診・相談会が開かれました。早速予約を入れそれを受けてみました。すると、数年前より両耳とも機能が低下しています。補聴器を絶付けた方がいい状態というわけでもないけれど、必要なときのポイント使用をと勧められました。試しに補聴器を付けてみると違和感がかなりあります。使うことへの抵抗もまだあり、目下躊躇っています。
話は少し余談になりますが、補聴器の調整に、PCを使うのにびっくりしました。付けたとき自分の声が二重に聞こえる、近くも物音が大きく聞こえ過ぎというのは、PCで機能を変えて「これでどうでしょう」と調整していきます。変なコンピューター信仰かも知れませんが、えらく感心もし、納得も行くものでした。
劣化・摩耗は際限なく体の内部にも及んでいますが、特に耳や目が不自由になることが怖いのは、それが外界との交流の手段として大事なものだからです。
衰えるって、不自由で辛いことです。
終わっていくことって、本当に大変で一大事業です。こんなすごい事業は今までしたこともありません。
部品を新品と交換できないのかなあ。おっと、それも怖いことですね。だってそうしてたら死ねなくなってしまいます。
人間は終わりがあるからこそ、まともな生き方をしようとするものかもしれないのですから。
| 08/08 | |
アフリカ人に恋をした若い女性 |
ツアーの中に変な若い女性がいました。
サファリをしている間も、サファリに熱中する様子は全くありません。落ち着かず、興奮状態といってもいいぐらいで、現地の人の方ばかりを見ています。
私たちと話すときは高飛車で、「私はアフリカ通よ」といった態度です。ところが、私がスワヒリ語をちょっと話せると判った途端、態度が一変しました。
自分の所に恋人から今晩電話が掛かってくるのにで、それに出て欲しいというのです。何で自分で話さないのですかと尋ねると、英語もスワヒリ語も駄目なので、言葉が通じないというのです。
聞いてみると、半年前のツアーでアフリカに来た時、ツアーのドライバーと意気投合して恋人になったのだそうです。一度は日本に戻って今度は彼と一緒になるためにやってきたのだと言うのです。
一晩か二晩の関係でどうして相手が本気だと思うかなあ。
今度の旅行で、何日にここ(あるナショナルパークの中にあるロッジ)に泊まると知らせたので来てくれるはずだというのです。ところが、遠方に仕事に行っているとドライバー仲間が言うので、連絡の電話を待っているのだそうです。
そのドライバー、女房も子供もいて、もしかしたら女房だって一人じゃないかもしれないし、ちょっと遊んだだけだと思うけれどなあ。
写真を見せてもらったけれど、肥った見るからに中年のおじさんだった。アフリカ人は、ほれぼれするきれいな男が(女も)沢山いるのに、何でこんな格好悪いおじさんに狂うわけ?
まさか追いかけてまたアフリカに来るとは思わないので、驚愕して逃げ出したに違いない。だって、若い女性が、彼らにすれば天文学的額の飛行機代を払ってまたアフリカに来るなんて信じられないことですから、これっきりと思っていたに違いありません。仲間のドライバーは事情を知っていて、急に遠方への仕事が入ってしまってなどと口裏を合わせているのです。
その若い女性は、片言の英語しか話せないのですから、意気投合しようがないのです。そりゃ、一晩か二晩ぐらいの疎通は出来たでしょう。何しろする事は決まっていますからね。
彼からの電話が来たとき、自分がもう帰らないつもり出て来ているということを正しく伝えるのを助けて欲しい、というのです。引き受けるかどうかの前に、まず先輩として説教を始めたのですが、これこそ聞く耳持たずなのです。
幸いと言うか、当然というか、その晩電話は掛かりませんでした。
ツアーと共にナイロビまで戻った彼女は、私たちと同じ帰路には着かず、そのままナイロビに残りました。
その後の消息を知りません。
どうしているのでしょう。
サファリをしている間も、サファリに熱中する様子は全くありません。落ち着かず、興奮状態といってもいいぐらいで、現地の人の方ばかりを見ています。
私たちと話すときは高飛車で、「私はアフリカ通よ」といった態度です。ところが、私がスワヒリ語をちょっと話せると判った途端、態度が一変しました。
自分の所に恋人から今晩電話が掛かってくるのにで、それに出て欲しいというのです。何で自分で話さないのですかと尋ねると、英語もスワヒリ語も駄目なので、言葉が通じないというのです。
聞いてみると、半年前のツアーでアフリカに来た時、ツアーのドライバーと意気投合して恋人になったのだそうです。一度は日本に戻って今度は彼と一緒になるためにやってきたのだと言うのです。
一晩か二晩の関係でどうして相手が本気だと思うかなあ。
今度の旅行で、何日にここ(あるナショナルパークの中にあるロッジ)に泊まると知らせたので来てくれるはずだというのです。ところが、遠方に仕事に行っているとドライバー仲間が言うので、連絡の電話を待っているのだそうです。
そのドライバー、女房も子供もいて、もしかしたら女房だって一人じゃないかもしれないし、ちょっと遊んだだけだと思うけれどなあ。
写真を見せてもらったけれど、肥った見るからに中年のおじさんだった。アフリカ人は、ほれぼれするきれいな男が(女も)沢山いるのに、何でこんな格好悪いおじさんに狂うわけ?
まさか追いかけてまたアフリカに来るとは思わないので、驚愕して逃げ出したに違いない。だって、若い女性が、彼らにすれば天文学的額の飛行機代を払ってまたアフリカに来るなんて信じられないことですから、これっきりと思っていたに違いありません。仲間のドライバーは事情を知っていて、急に遠方への仕事が入ってしまってなどと口裏を合わせているのです。
その若い女性は、片言の英語しか話せないのですから、意気投合しようがないのです。そりゃ、一晩か二晩ぐらいの疎通は出来たでしょう。何しろする事は決まっていますからね。
彼からの電話が来たとき、自分がもう帰らないつもり出て来ているということを正しく伝えるのを助けて欲しい、というのです。引き受けるかどうかの前に、まず先輩として説教を始めたのですが、これこそ聞く耳持たずなのです。
幸いと言うか、当然というか、その晩電話は掛かりませんでした。
ツアーと共にナイロビまで戻った彼女は、私たちと同じ帰路には着かず、そのままナイロビに残りました。
その後の消息を知りません。
どうしているのでしょう。
| 08/01 | |
蝶々を飼う |
ベランダの花に水やりをしているとき、アゲハチョウが飛んでいるのが目に入りました。
以前は、夏ともなれば、蝶もトンボも蝉ももっともっと居て、それが当たり前でしたが、今は「あら、蝶々」とめずらしいものを見る感じに東京ではなってしまいました。
蝶々といえば、私は小さいころ毛虫類が大の苦手でした。
木登りしては蝉をよく捕っていましたのに、毛虫は苦手でうっかり毛虫に触ったり、潰してしまったりしたときは、しばらく嫌な気分だったことが、今でもまるでついこの間のように思い出されます。
それが少し変わったのは、娘のために蝶々を飼うようになってからです。ある時、庭にキアゲハの幼虫がいて、娘が6匹捕ってきました。孵化してから3〜4回脱皮している幼虫(3〜4齢虫)でした。しばらく餌の葉っぱを与えながらボール箱で飼っていて、そろそろ枝を入れなければと思いながらのある日、家族全員で出掛けて帰ってきたら箱の中は空っぽ、一匹もいません。毛虫が家の中を歩いているかと思うと、昔の恐怖が襲ってきて、ちょっとしたパニックで一生懸命手分けをして探すと、皆それぞれ鴨居だの襖だのに張り付いてじっとしています。蛹化をするのに適した場所を探して移動したのです。中にはすでに蛹化したのもいます。蝶々が糸を一本張って蛹化した体をあずけ、反っくり返るようにしてそれにぶら下がる様子は何とも不思議です。鴨居や襖の場所では困るので、糸を切って、割り箸に同じように糸を張ってのせました
2週間ぐらい経つと中の蝶の模様が透けてきます。いよいよ羽化です。蝶々が蛹の中から出てきます。しわくちゃの羽で、しばらくはそのままですが、次第に羽が伸びてきてきれいな羽になります。それを見ながら、こちらは花を作ります。画用紙に赤や黄色の花を描いて切り取ります。真中の部分も切ってそこに砂糖水に浸した脱脂綿をいれ、お皿に置きます。
完全に羽化した蝶々が危なっかしい様子でふわっと舞い上がりました。そして人工花の蜜の所に辿り着き吸っているようです。
しばらくして、開いている窓から大空に向かって、飛び立っていきました。なんだか幸せな気分です。
蝶を飼うことを楽しんでいたのは、娘より私だったかもしれません。
以前は、夏ともなれば、蝶もトンボも蝉ももっともっと居て、それが当たり前でしたが、今は「あら、蝶々」とめずらしいものを見る感じに東京ではなってしまいました。
蝶々といえば、私は小さいころ毛虫類が大の苦手でした。
木登りしては蝉をよく捕っていましたのに、毛虫は苦手でうっかり毛虫に触ったり、潰してしまったりしたときは、しばらく嫌な気分だったことが、今でもまるでついこの間のように思い出されます。
それが少し変わったのは、娘のために蝶々を飼うようになってからです。ある時、庭にキアゲハの幼虫がいて、娘が6匹捕ってきました。孵化してから3〜4回脱皮している幼虫(3〜4齢虫)でした。しばらく餌の葉っぱを与えながらボール箱で飼っていて、そろそろ枝を入れなければと思いながらのある日、家族全員で出掛けて帰ってきたら箱の中は空っぽ、一匹もいません。毛虫が家の中を歩いているかと思うと、昔の恐怖が襲ってきて、ちょっとしたパニックで一生懸命手分けをして探すと、皆それぞれ鴨居だの襖だのに張り付いてじっとしています。蛹化をするのに適した場所を探して移動したのです。中にはすでに蛹化したのもいます。蝶々が糸を一本張って蛹化した体をあずけ、反っくり返るようにしてそれにぶら下がる様子は何とも不思議です。鴨居や襖の場所では困るので、糸を切って、割り箸に同じように糸を張ってのせました
2週間ぐらい経つと中の蝶の模様が透けてきます。いよいよ羽化です。蝶々が蛹の中から出てきます。しわくちゃの羽で、しばらくはそのままですが、次第に羽が伸びてきてきれいな羽になります。それを見ながら、こちらは花を作ります。画用紙に赤や黄色の花を描いて切り取ります。真中の部分も切ってそこに砂糖水に浸した脱脂綿をいれ、お皿に置きます。
完全に羽化した蝶々が危なっかしい様子でふわっと舞い上がりました。そして人工花の蜜の所に辿り着き吸っているようです。
しばらくして、開いている窓から大空に向かって、飛び立っていきました。なんだか幸せな気分です。
蝶を飼うことを楽しんでいたのは、娘より私だったかもしれません。



