私の周りの「ユニーク」「変」「おかしい」人たちについての観察日記です。
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07/04
大谷伊佐氏
旅に出ると、思いがけない話を聞くことがよくあります。
この大谷さんも、かれこれ30年前アフリカ旅行で会った人でした。
大谷さんは当時80才でとても元気な男性でした。英語が全く駄目で、サインもすべて「X」で済ませていました。
小さなボストンバック以外は、他には全く荷物がありません。旅慣れていて旅行好きだと想像しますが、実際には家族が旅行に行ってこいとうるさいとのことで、家族にもてあまされている感じがあります。
少しばかり品が無く見える人でしたが豪快で、ボーイたちの人気抜群。というのも、ボーイを集めて、ステーキに胡椒一瓶を全部振りかけて、平気で食べるのです。大谷さんが一口食べる度に、ボーイたちは「OH!」と言いながら感心します。大谷さんは「わしゃ寒いところにいたから、こんなもん平気じゃ」と自慢顔で周囲を見回します。

旅の間に聞いた大谷さんの話をまとめると、以下の通りです。
大谷さんは、富山県生まれで、小学校に入ったものの勉強が嫌いで嫌いでたまりませんでした。ある晩おむすびを5個作り、それを風呂敷に包んで首に結び、家出を決行しました。港に辿り着いた大谷さんは外国船に潜り込みました。おむすびで何とか飢えをしのぎながら船倉に隠れていましたが、飢えで頭がボーっとするようになった頃、船がどこかの港に着いたのでこっそり降りました。
少し離れたところで、たき火に当たっている日本人の男の人がいて、寒さのために思わず側に行って火に当たっていると、「おい坊主、どうやってここに来たんだ?まさか密航して来たんじゃないだろうな!」と怒鳴るように言われ、怖いので黙っていると、「次の便で送り返してやる、それまで俺の所に居ろ」と言われて、その男についていったのです。そこは、ロシアだったそうです。
男は土木建設現場の監督で、当時ロシアには日本人の建設業者が結構仕事をしていたそうです。次の便を待つ間、小さいながらも仕事の手伝い(炊事、走り使いなど)をして重宝がられ、結局居着いてしまったのです。 子どものいなかった監督に可愛がられて、ロシア各地の建設現場を回って大人になっていきました。土木建設は景気が良く大変いいお金になったそうです。
男の死亡でロシアに見切りを付け、日本に戻ってきた時は、日本を離れてから20年ほど経っていたのです。
横浜港に着いた彼は、お金がぎっしり詰まった幾つかのトランクを持っていて、こんな若造が何でこんなお金を持っているのだと、留置されてしまいます。結局、富山の実家に問い合わせるは、銀行には偽札でないか鑑定して貰うは、の大騒ぎの末彼は大手を振って凱旋帰国を果たしました。
早速始めたことが、日本で初めての天然ガス採掘です。掘っても掘っても見つからず、見つかっても量が少なかったり、失敗続き。持ち帰った財産が底をつきそうになり、採掘を縮小し細々と名古屋の長島デルタ地区に採掘を続けているうちに、温泉を掘り当て長島温泉を作り上げました。

以上が大谷さんから聞いた彼の半生ですが、この話を聞いたときには、「グランスパー長島」という温泉とレジャーランドでした。今これを書くに当たって、インターネットで調べてみると、それどころのレベルではなく、巨大レジャーランド(ナガシマスパーランド)になっていて、大谷さんの夢がもっと大きく叶っていました。大谷さんの息子はなかなかの事業家なのでしょう。
スパーランドの正面には、立派な大谷さんの銅像が建っているそうです。
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