私の周りの「ユニーク」「変」「おかしい」人たちについての観察日記です。
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06/13
幼友達のあっちゃん
あっちゃんは小学3年まで一緒だった幼友達です。
それが今までずっと親しくしてこられたのは、多分二人とも筆まめだったからでしょう。遠くに離れた友人たちといい関係を保てるのには、この筆まめということは欠かせないことです。

あっちゃんは、5才上と、2才上の姉さん、三角坊主というあだ名の弟の4人姉弟です。お母さんは戦争未亡人で、デパートに勤務する洋服のデザイナーのような仕事でした。終戦後それでは生活できないので、家に学生を下宿させていました。当時のことですから、賄い付きで、何時も家族のような学生が何人かいました。
その中の一人に、あっちゃんの夫になる人がいたのです。あっちゃんより、15才上で、医者の学校に行っていました。卒業後もお付き合いがあったわけですが、その彼がどうしてもあっちゃんを嫁に下さいと何年も粘っていたそうです。お母さんは、地方のそれも姑も小姑もいる所にあっちゃんをやりたくなくて、むしろその彼とは年齢的にもまだ釣り合いの取れる一番上の姉さんにして欲しいと言っていて、少しもめてもいたようです。

ある夏休みのこと、そんな事情を全く知らない私に、あっちゃんのお母さんが、前に下宿させていた学生が海辺に住んでいて開業しているのだけれど、夏は割の暇だそうなので、あっちゃんと一緒に泊まりがけで遊びに行っていらっしゃいと言うのです。あっちゃんも一緒に行こうよと言うので、電車で3時間ぐらいのところに出掛けていきました。私はただの知り合いの家に泊まりに行くというノリでした。
あれ?と思ったのは、着くなりあっちゃんが汚れた足を拭く雑巾を台所からさっさと持ってきて、二人で足を拭いた後廊下もきれいに拭いたのです。随分気の利くことをするなあ、と思いましたし、少し変な感じでした。行く途中の対等なお友達という関係から、接待してくれる側に回ってしまったような関係の変化に戸惑いました。
後で思うと、反対していたのはお母さんだけで、あっちゃんはとうの昔に嫁に行くつもりになっていたのです。それで、お母さんが最後のあがきで、相手があっちゃんと同じ年頃の私に目を付けてくれないか、と企んだのだと思います。

翌年あっちゃんは結婚しました。
結婚後も、行き来は続き、夏になるとよく遊びに行っていました。
あっちゃんは、頭のいい人で、完璧主義。まるで職業主婦というのがあるとすれば、こういう人なのだと思いました。何でもきちんと取っておいて再利用しています。ポリ容器やトレー、使いきった砂糖の袋などきれいに洗ってしまってあります。何を入れるの?と尋ねると、「うん、主人のお弁当の時なんかに便利なのよ」というので、「袋から有害物質なんか染み出さないのかな」などと当時そういうことに関心があった私が尋ねると、あっさり「主人のお弁当だもん」とにこにことしています。

姑さんは体が弱くて数年で亡くなるような感じでしたが、あっちゃんが嫁いでから年々元気になってその後30年以上も長生きをしました。
あっちゃんある時「姑といってもね、実の母よりも長く一緒にいるとね、情が母に対してより移っているの」と言ったこと忘れられません。

二人の子どもにも恵まれて、二人とも医者になりましたが、この二人の配偶者が今時めずらしい親孝行で、実に良く手伝いに来ています。親の背中を見て育った息子が、自分たちの配偶者を選ぶ時、母親のような妻を選んだのだろうなあ、と感心します。

これを書いていたら、無性にあっちゃんに会いたくなってしまいました。

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