| 06/27 | |
ゆりちゃんが失ったもの |
・・先週からの続き・・
二人はびっくりしたものの、家を間違えたのかもしれないからと気を取り直して東京ミッドタウンに出掛けていきました。鍵を出して部屋を見せて欲しいというと、そんな部屋はないしこの鍵もここのものではないと言われてしまいました。
今まですべて携帯電話での連絡で、彼の住所すらゆりちゃんは知らなかったことになります。
携帯電話で、「今起きたところ。お手伝いがコーヒー入れてくれているんだ」とか、「これから社長と会食なので今晩も遅くなりそう。君に電話が入れられないけれど、ぐっすりおやすみ」なんて言うのが、全部作り話だったのです。家もアパートも嘘。多分入院も胃ガンというのも嘘。一流会社も嘘。婚約指輪を買って電車の中で盗られたという事件もあったのですが、これも嘘。結婚に反対している母親がいたことも嘘。全部嘘。
彼は自分の次々につく嘘を信じて振り回されるゆりちゃんを見て、どんなに自分を凄いと思ったことでしょう。嘘の天才だと思ったかもしれませんし、そう振る舞っている中に、自分でも嘘の自分と本当の自分が判らなくなってしまうときもあったかもしれません。
泣き崩れるゆりちゃんを前にして、友人も私も茫然としてなんと言っていいか判りません。友人が突然「私の娘がこんな悪質な結婚詐欺に引っかかるなんて!」と叫びました。するとゆりちゃんが「これって、結婚詐欺なの?私何を盗られたの?お金も取られてないし、なんにも盗られてないよ」と言ったのです。友人は言葉に詰まって救いを求めるように私を見ました。
私は、頭に浮かんできたことをゆっくり言葉にして送り出しました。「ゆりちゃん、貴方が盗られたのは、10年間の愛情と青春」。
ゆりちゃんは一瞬沈黙しました。そしてさっきより更に大きな声で泣き出しました。それは何時までも何時までも続いていました。
後日談。
数週間後に「心配掛けたけれど、海外で胃ガンの手術をしてすっかりよくなったんだよ、一番に知らせたくて。心配掛けたねえ。今成田なんだけれど、迎えに来てくれる?」という電話がかかってきました。ゆりちゃんは、自分はもうだまされない、貴方の嘘がみんな判ったのよと怒ると、一瞬の沈黙の後「これには全部訳があるのでこれから会って欲しい」と言ったのです。そわそわと出掛けそうになるゆりちゃんを、友人が強引に押しとどめて事なきを得ましたが。どうもゆりちゃんは懲りないタイプのようなのです。これから先もまだまだゆりちゃんはだまされてしまいそう。
今、固定電話と携帯電話を替えるように勧めています。
二人はびっくりしたものの、家を間違えたのかもしれないからと気を取り直して東京ミッドタウンに出掛けていきました。鍵を出して部屋を見せて欲しいというと、そんな部屋はないしこの鍵もここのものではないと言われてしまいました。
今まですべて携帯電話での連絡で、彼の住所すらゆりちゃんは知らなかったことになります。
携帯電話で、「今起きたところ。お手伝いがコーヒー入れてくれているんだ」とか、「これから社長と会食なので今晩も遅くなりそう。君に電話が入れられないけれど、ぐっすりおやすみ」なんて言うのが、全部作り話だったのです。家もアパートも嘘。多分入院も胃ガンというのも嘘。一流会社も嘘。婚約指輪を買って電車の中で盗られたという事件もあったのですが、これも嘘。結婚に反対している母親がいたことも嘘。全部嘘。
彼は自分の次々につく嘘を信じて振り回されるゆりちゃんを見て、どんなに自分を凄いと思ったことでしょう。嘘の天才だと思ったかもしれませんし、そう振る舞っている中に、自分でも嘘の自分と本当の自分が判らなくなってしまうときもあったかもしれません。
泣き崩れるゆりちゃんを前にして、友人も私も茫然としてなんと言っていいか判りません。友人が突然「私の娘がこんな悪質な結婚詐欺に引っかかるなんて!」と叫びました。するとゆりちゃんが「これって、結婚詐欺なの?私何を盗られたの?お金も取られてないし、なんにも盗られてないよ」と言ったのです。友人は言葉に詰まって救いを求めるように私を見ました。
私は、頭に浮かんできたことをゆっくり言葉にして送り出しました。「ゆりちゃん、貴方が盗られたのは、10年間の愛情と青春」。
ゆりちゃんは一瞬沈黙しました。そしてさっきより更に大きな声で泣き出しました。それは何時までも何時までも続いていました。
後日談。
数週間後に「心配掛けたけれど、海外で胃ガンの手術をしてすっかりよくなったんだよ、一番に知らせたくて。心配掛けたねえ。今成田なんだけれど、迎えに来てくれる?」という電話がかかってきました。ゆりちゃんは、自分はもうだまされない、貴方の嘘がみんな判ったのよと怒ると、一瞬の沈黙の後「これには全部訳があるのでこれから会って欲しい」と言ったのです。そわそわと出掛けそうになるゆりちゃんを、友人が強引に押しとどめて事なきを得ましたが。どうもゆりちゃんは懲りないタイプのようなのです。これから先もまだまだゆりちゃんはだまされてしまいそう。
今、固定電話と携帯電話を替えるように勧めています。
| 06/20 | |
ゆりちゃんの失ったもの |
友人の一人娘、ゆりちゃんの体験したことです。
友人は私に会う度に、ゆりちゃんの自慢をしてきました。可愛く、成績もよく、親孝行で、自慢するのが当然のような子です。
この10年の話は、素晴らしい人と付き合っていて、何れ結婚をするので、孫を見るのが楽しみだという話でした。私は子供を作るつもりならば、どうしてなかなか結婚しないのか不思議でした。もう付き合いだして10年になるし、ゆりちゃんは30代も後半になっているのです。その素晴らしい相手という男性は、家柄がとても良く、経済力にも恵まれ、代々の豪邸に住んでいるとのことです。
いままで結婚できなかったのは、彼の母親が、ゆりちゃんとの家柄が釣り合わないと反対をしていたからだそうです。何年かしてその母親が病死した時は、私は不謹慎ながら友人と二人で「よかったわねえ」とゆりちゃんのために喜びました。
喪が明けたら結婚できるだろうと楽しみにしていると、ちっともそうなりません。相続問題がこじれていて、それが決着しないと身動きが取れないというのです。でも解決すればすぐに結婚したいので、東京ミッドタウンの中にアパートをふたつ買って、この二つの間を壊してゆりちゃんのお母さんとも同居出来るように工事に頼んだとのこと。一緒に住めると判って、友人は泣いて喜びました。そして彼は友人の前で、「この鍵はまだ使えないのだけれど、契約時に二つ貰ったのでその一つを持っててね」とゆりちゃんに渡しました。
ところが工事が一向に進みません。親子のしびれが切れそうになった頃、相続のストレスで胃がおかしいと彼は入院しました。それも、心配させたくないからと入院は内緒にして、退院するその日に電話を掛けてきました。仰天した彼女が病院の入り口で待つ彼を車で迎えに行って連れ帰りました。
ほっとしたのもつかの間、彼は胃ガンだったことが判明しました。医者に生きていることが不思議なぐらい、日本では手術が出来ないと言われたとのことで、動転した彼女は看病したいので、同居したいと迫りました。そうしている中に、彼と連絡が取れなくなってしまいました。連絡が取れなくなると、ゆりちゃんは、彼の状態が悪くて動けないのではないか、自殺を考えているのではないかと心配で半狂乱です。私は「そんなに心配だったら家に行ってみれば」と言いました。
そこで、二人は目白にある彼の家に出掛けていきました。デートをした後、ゆりちゃんは良く彼を車でそこに送っていたのです。でも、母親の反対で家に上がることは一度もなかったと言います。
二人が行って見ると、表札が彼の名ではないのです。驚いた二人はベルを鳴らして用件を言うと、怪訝な顔の中年の女性が出てきて、自分たちは戦前から住んでいること、ここにはそのような名の住人はいない、と言ったのです。
・・この続きは来週・・
友人は私に会う度に、ゆりちゃんの自慢をしてきました。可愛く、成績もよく、親孝行で、自慢するのが当然のような子です。
この10年の話は、素晴らしい人と付き合っていて、何れ結婚をするので、孫を見るのが楽しみだという話でした。私は子供を作るつもりならば、どうしてなかなか結婚しないのか不思議でした。もう付き合いだして10年になるし、ゆりちゃんは30代も後半になっているのです。その素晴らしい相手という男性は、家柄がとても良く、経済力にも恵まれ、代々の豪邸に住んでいるとのことです。
いままで結婚できなかったのは、彼の母親が、ゆりちゃんとの家柄が釣り合わないと反対をしていたからだそうです。何年かしてその母親が病死した時は、私は不謹慎ながら友人と二人で「よかったわねえ」とゆりちゃんのために喜びました。
喪が明けたら結婚できるだろうと楽しみにしていると、ちっともそうなりません。相続問題がこじれていて、それが決着しないと身動きが取れないというのです。でも解決すればすぐに結婚したいので、東京ミッドタウンの中にアパートをふたつ買って、この二つの間を壊してゆりちゃんのお母さんとも同居出来るように工事に頼んだとのこと。一緒に住めると判って、友人は泣いて喜びました。そして彼は友人の前で、「この鍵はまだ使えないのだけれど、契約時に二つ貰ったのでその一つを持っててね」とゆりちゃんに渡しました。
ところが工事が一向に進みません。親子のしびれが切れそうになった頃、相続のストレスで胃がおかしいと彼は入院しました。それも、心配させたくないからと入院は内緒にして、退院するその日に電話を掛けてきました。仰天した彼女が病院の入り口で待つ彼を車で迎えに行って連れ帰りました。
ほっとしたのもつかの間、彼は胃ガンだったことが判明しました。医者に生きていることが不思議なぐらい、日本では手術が出来ないと言われたとのことで、動転した彼女は看病したいので、同居したいと迫りました。そうしている中に、彼と連絡が取れなくなってしまいました。連絡が取れなくなると、ゆりちゃんは、彼の状態が悪くて動けないのではないか、自殺を考えているのではないかと心配で半狂乱です。私は「そんなに心配だったら家に行ってみれば」と言いました。
そこで、二人は目白にある彼の家に出掛けていきました。デートをした後、ゆりちゃんは良く彼を車でそこに送っていたのです。でも、母親の反対で家に上がることは一度もなかったと言います。
二人が行って見ると、表札が彼の名ではないのです。驚いた二人はベルを鳴らして用件を言うと、怪訝な顔の中年の女性が出てきて、自分たちは戦前から住んでいること、ここにはそのような名の住人はいない、と言ったのです。
・・この続きは来週・・
| 06/13 | |
幼友達のあっちゃん |
あっちゃんは小学3年まで一緒だった幼友達です。
それが今までずっと親しくしてこられたのは、多分二人とも筆まめだったからでしょう。遠くに離れた友人たちといい関係を保てるのには、この筆まめということは欠かせないことです。
あっちゃんは、5才上と、2才上の姉さん、三角坊主というあだ名の弟の4人姉弟です。お母さんは戦争未亡人で、デパートに勤務する洋服のデザイナーのような仕事でした。終戦後それでは生活できないので、家に学生を下宿させていました。当時のことですから、賄い付きで、何時も家族のような学生が何人かいました。
その中の一人に、あっちゃんの夫になる人がいたのです。あっちゃんより、15才上で、医者の学校に行っていました。卒業後もお付き合いがあったわけですが、その彼がどうしてもあっちゃんを嫁に下さいと何年も粘っていたそうです。お母さんは、地方のそれも姑も小姑もいる所にあっちゃんをやりたくなくて、むしろその彼とは年齢的にもまだ釣り合いの取れる一番上の姉さんにして欲しいと言っていて、少しもめてもいたようです。
ある夏休みのこと、そんな事情を全く知らない私に、あっちゃんのお母さんが、前に下宿させていた学生が海辺に住んでいて開業しているのだけれど、夏は割の暇だそうなので、あっちゃんと一緒に泊まりがけで遊びに行っていらっしゃいと言うのです。あっちゃんも一緒に行こうよと言うので、電車で3時間ぐらいのところに出掛けていきました。私はただの知り合いの家に泊まりに行くというノリでした。
あれ?と思ったのは、着くなりあっちゃんが汚れた足を拭く雑巾を台所からさっさと持ってきて、二人で足を拭いた後廊下もきれいに拭いたのです。随分気の利くことをするなあ、と思いましたし、少し変な感じでした。行く途中の対等なお友達という関係から、接待してくれる側に回ってしまったような関係の変化に戸惑いました。
後で思うと、反対していたのはお母さんだけで、あっちゃんはとうの昔に嫁に行くつもりになっていたのです。それで、お母さんが最後のあがきで、相手があっちゃんと同じ年頃の私に目を付けてくれないか、と企んだのだと思います。
翌年あっちゃんは結婚しました。
結婚後も、行き来は続き、夏になるとよく遊びに行っていました。
あっちゃんは、頭のいい人で、完璧主義。まるで職業主婦というのがあるとすれば、こういう人なのだと思いました。何でもきちんと取っておいて再利用しています。ポリ容器やトレー、使いきった砂糖の袋などきれいに洗ってしまってあります。何を入れるの?と尋ねると、「うん、主人のお弁当の時なんかに便利なのよ」というので、「袋から有害物質なんか染み出さないのかな」などと当時そういうことに関心があった私が尋ねると、あっさり「主人のお弁当だもん」とにこにことしています。
姑さんは体が弱くて数年で亡くなるような感じでしたが、あっちゃんが嫁いでから年々元気になってその後30年以上も長生きをしました。
あっちゃんある時「姑といってもね、実の母よりも長く一緒にいるとね、情が母に対してより移っているの」と言ったこと忘れられません。
二人の子どもにも恵まれて、二人とも医者になりましたが、この二人の配偶者が今時めずらしい親孝行で、実に良く手伝いに来ています。親の背中を見て育った息子が、自分たちの配偶者を選ぶ時、母親のような妻を選んだのだろうなあ、と感心します。
これを書いていたら、無性にあっちゃんに会いたくなってしまいました。
それが今までずっと親しくしてこられたのは、多分二人とも筆まめだったからでしょう。遠くに離れた友人たちといい関係を保てるのには、この筆まめということは欠かせないことです。
あっちゃんは、5才上と、2才上の姉さん、三角坊主というあだ名の弟の4人姉弟です。お母さんは戦争未亡人で、デパートに勤務する洋服のデザイナーのような仕事でした。終戦後それでは生活できないので、家に学生を下宿させていました。当時のことですから、賄い付きで、何時も家族のような学生が何人かいました。
その中の一人に、あっちゃんの夫になる人がいたのです。あっちゃんより、15才上で、医者の学校に行っていました。卒業後もお付き合いがあったわけですが、その彼がどうしてもあっちゃんを嫁に下さいと何年も粘っていたそうです。お母さんは、地方のそれも姑も小姑もいる所にあっちゃんをやりたくなくて、むしろその彼とは年齢的にもまだ釣り合いの取れる一番上の姉さんにして欲しいと言っていて、少しもめてもいたようです。
ある夏休みのこと、そんな事情を全く知らない私に、あっちゃんのお母さんが、前に下宿させていた学生が海辺に住んでいて開業しているのだけれど、夏は割の暇だそうなので、あっちゃんと一緒に泊まりがけで遊びに行っていらっしゃいと言うのです。あっちゃんも一緒に行こうよと言うので、電車で3時間ぐらいのところに出掛けていきました。私はただの知り合いの家に泊まりに行くというノリでした。
あれ?と思ったのは、着くなりあっちゃんが汚れた足を拭く雑巾を台所からさっさと持ってきて、二人で足を拭いた後廊下もきれいに拭いたのです。随分気の利くことをするなあ、と思いましたし、少し変な感じでした。行く途中の対等なお友達という関係から、接待してくれる側に回ってしまったような関係の変化に戸惑いました。
後で思うと、反対していたのはお母さんだけで、あっちゃんはとうの昔に嫁に行くつもりになっていたのです。それで、お母さんが最後のあがきで、相手があっちゃんと同じ年頃の私に目を付けてくれないか、と企んだのだと思います。
翌年あっちゃんは結婚しました。
結婚後も、行き来は続き、夏になるとよく遊びに行っていました。
あっちゃんは、頭のいい人で、完璧主義。まるで職業主婦というのがあるとすれば、こういう人なのだと思いました。何でもきちんと取っておいて再利用しています。ポリ容器やトレー、使いきった砂糖の袋などきれいに洗ってしまってあります。何を入れるの?と尋ねると、「うん、主人のお弁当の時なんかに便利なのよ」というので、「袋から有害物質なんか染み出さないのかな」などと当時そういうことに関心があった私が尋ねると、あっさり「主人のお弁当だもん」とにこにことしています。
姑さんは体が弱くて数年で亡くなるような感じでしたが、あっちゃんが嫁いでから年々元気になってその後30年以上も長生きをしました。
あっちゃんある時「姑といってもね、実の母よりも長く一緒にいるとね、情が母に対してより移っているの」と言ったこと忘れられません。
二人の子どもにも恵まれて、二人とも医者になりましたが、この二人の配偶者が今時めずらしい親孝行で、実に良く手伝いに来ています。親の背中を見て育った息子が、自分たちの配偶者を選ぶ時、母親のような妻を選んだのだろうなあ、と感心します。
これを書いていたら、無性にあっちゃんに会いたくなってしまいました。
| 06/06 | |
太田夫妻 |
太田夫妻は仲の悪い方たちでした。
私が老人ホームに入居したときには、妻がしばらく他所の老人ホームに出ていたのが戻ってきたばかりの時でした。
妻の方は社交的で、さりげなくみんなの面倒を見るしっかり者。夫の方は妻と二人でいても、あまり口をきかず、毎日自分の趣味のために出掛けて、妻のことはほっぽりっぱなしという感じでした。
妻が一時的とはいえ出て行ったのは、夫の浮気が原因だそうです。
夫は、妻が朝脳梗塞で救急搬送されるという事態が発生したときですら、その日の夕方私が「お具合どうですか」と尋ねると、「あいつかい?俺かい?」と言ったぐらいの人なのです。
それがこの頃変わりました。
初めは、妻の介護で疲れちゃうから気分転換ですよと、ちょくちょく出掛けていたのです。ところが妻の方が変わってきて、以前は夫の顔色を見ているようなところがある人だったのですが、体が不自由で思うようにならなくなってからは、はっきりものを言うようになりました。
すると、今度は夫の方が少しおびえた感じになり、しばらくするとまめまめしく妻の身の回りのことを手伝い始めました。度々の外出も、「俺が側にいないと機嫌が悪くなるんだよ。そばにいて欲しいんだね」など言って、あまり出なくなりました。
そうなると、今までの二人の外見から受けるちぐはぐさのようなものが消滅してきました。
数日前、夫が妻を車いすに乗せてクリニックにやって来たのを見かけました。少し熱があるので、とのことでしたが、優しくのぞき込んで看護師が渡す体温計を妻の脇の下に入れてあげています。妻の方はすっかり夫に身を任せ、安心した表情です。
随分回り道をしてきた夫婦なのかな。
今が一番仲良くしているときなのではないでしょうか。
こんなに仲が良く、自分たちの残り少ない何年かを過ごせるなんて、素晴らしいことです。
見かける度に羨ましく、また感動もしています。
私が老人ホームに入居したときには、妻がしばらく他所の老人ホームに出ていたのが戻ってきたばかりの時でした。
妻の方は社交的で、さりげなくみんなの面倒を見るしっかり者。夫の方は妻と二人でいても、あまり口をきかず、毎日自分の趣味のために出掛けて、妻のことはほっぽりっぱなしという感じでした。
妻が一時的とはいえ出て行ったのは、夫の浮気が原因だそうです。
夫は、妻が朝脳梗塞で救急搬送されるという事態が発生したときですら、その日の夕方私が「お具合どうですか」と尋ねると、「あいつかい?俺かい?」と言ったぐらいの人なのです。
それがこの頃変わりました。
初めは、妻の介護で疲れちゃうから気分転換ですよと、ちょくちょく出掛けていたのです。ところが妻の方が変わってきて、以前は夫の顔色を見ているようなところがある人だったのですが、体が不自由で思うようにならなくなってからは、はっきりものを言うようになりました。
すると、今度は夫の方が少しおびえた感じになり、しばらくするとまめまめしく妻の身の回りのことを手伝い始めました。度々の外出も、「俺が側にいないと機嫌が悪くなるんだよ。そばにいて欲しいんだね」など言って、あまり出なくなりました。
そうなると、今までの二人の外見から受けるちぐはぐさのようなものが消滅してきました。
数日前、夫が妻を車いすに乗せてクリニックにやって来たのを見かけました。少し熱があるので、とのことでしたが、優しくのぞき込んで看護師が渡す体温計を妻の脇の下に入れてあげています。妻の方はすっかり夫に身を任せ、安心した表情です。
随分回り道をしてきた夫婦なのかな。
今が一番仲良くしているときなのではないでしょうか。
こんなに仲が良く、自分たちの残り少ない何年かを過ごせるなんて、素晴らしいことです。
見かける度に羨ましく、また感動もしています。


