私の周りの「ユニーク」「変」「おかしい」人たちについての観察日記です。
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04/29
勤務最後の日
3月に勤務最後の日を迎えました。
退職後バイト的に就いていた仕事ですから、毎日行っていたわけではないのですが、10年勤務していました。それだけに去りがたい思いがありました。

この2~3年、何時辞めるべきかを頭に思い浮かべるようになってきました。でも、面白い仕事なので、未練がたっぷりあり、考えないようにしていました。それが昨年の10月頃、突然「今が辞め時」と心の声が聞こえたのです。ホントに。それにしたがって、会社と話し合い、今年3月に辞めることに決まったのでした。

最後の日は涙する人も多く、中には号泣する人もいるのに、私は「間に合った!」という気持ちが強かったので、泣くどころではなく、むしろ最後の時間を楽しみました。
二つも乗り換えて1時間はかかる通勤、途中具合が悪くなって行けなくなること、帰りに気分悪くなってしまうこと、或いは仕事中そうなることも想定して(多少なりかけたことがあるのです)、それが怖かった。
病気で、或いは死亡して、中途半端なまま終わるのも怖かった。
でも、一番怖いことは、仕事上、うまく機能できなくなること、つまり年齢で判断が鈍ったり、最先端の知識を知らなかったりするようになることが怖かったのです。
そして無事終わって、「間に合った!」という気持ちを胸一杯膨らませました。
今、寂しい気持ちは全くありません。
「やりきった」「間に合った」という気持ちで、幸せな充実感に包まれています。

04/22
ストーカー
「昔のクラスメート」というところで、高校時代のストーカーの話を書きましたが、最近ストーカーに殺される事件が度々起こり、自分が若い頃2件もストーカーにあっていることを思い出し、ぞくっとしました。ストーカーに遭い易い何かを持っているとすれば、何なのでしょう。

一人は職場の上司で、既に結婚し子どももいる私にとりつきました。
仕事帰り電車に乗っていると、気がつくと、彼は反対方向なのに隣の車両でにこにこしてこちらを見ているのです。飲み会の後はすぐ後ろにいて、二次会でべったり隣に座るのです。
女性の上司に相談すると「そんなこと自分で解決しなさい」と一喝され、しょげました。
一番気持ち悪かったのは、その彼がその後結婚して妻が妊娠した時、「申し訳ない」と謝りに来た時です。
男性の先輩に泣きついたら「君ってすごいねえ、そこまで男を狂わせるなんて」と言われ、訴えているこちらの感覚と、聞く側の感覚のずれに、絶望感すらいだきました。誰も理解してくれないという世間への不信感です。結局、トップに辞めますと言いに行き、理由を聞かれてその話をし、その後はそういうことはほとんど減りました。

もう一人は、ちょっと若かった時のことです。18才の同い年で、どうして知り合ったのか、全く今は思い出せませんが、ニヒルな感じというか、気味悪い人というか、なんかの拍子にお茶に誘われ、すっぱり断りました。その後から、遠くで何時も見られている感じが。
ある冬の寒い日、忘年会で10時過ぎに一人帰宅中、住宅街を怖いなあと思いながら、何気なくワンブロック向こうを見ると、街灯の下に、その人の姿が浮かびました。駅から付けて来て先回りをしようとしているのだと即座に思いました。駈けました。家の門に辿り着いた時どんなにほっとしたことか。
追いつかれたらどうなっていたのでしょう。
1ヶ月後にその人からハガキが届き、ブラジル移民として日本を離れると言うことが書かれていました。その後、ブラジル移民のその後ということをテレビでやると、彼ではないかと怖いもの見たさでつい見てしまいます。

誰にでも若い頃こういう体験があるわけではなし、自分に何か誘因があったと思えてなりません。好意をしつこさに変化させる何かが自分にあるような気がするのです。
もっとも今はそんな心配ないですけど。
04/15
Y氏
Y氏が亡くなったらしいという噂を耳にしました。
Y氏と私の間をつなぐ友人もすでに連絡が付きません。Facebookで彼女の名前を娘が見つけてくれたので、連絡を取ってみると、全く返事もなく、見たらしい形跡もない。元気ならアメリカのどこかにいるはずなのですけれど・・
彼女はR子さんといい私よりちょっと年上。何時も高いヒールを履いて、髪を金髪に染めていたなあ。Facebookでは真っ白に染めていたけれど。

古き良き時代、冒険心いっぱいの時代でした。
R子さんは有能で、アフリカ地域一帯の旅行代理店のトップ。魅力的で、彼女がいると周りがくすんで見えてしまいます。母国語のように英語を話しているのを聞くと、聞き惚れてしまいます。
Y氏は取り巻きの一人で、どんなことでもやって上げていました。それが実を結んで、いっとき、一緒のベッドに寝て良しというお許しをもらった人です。勿論本物が現れる前のつなぎで。

Y氏は日本では、私がR子さんの友人ということでよく食事に誘ってくれました。新しく出来たばかりのショッピングモールに入った時、「僕達みたいな金持ちしか入っちゃいけないのになあ」と周りを見て言ったのにはびっくり。僕達の「達」って?勿論私ではない。
すごい金持ちなんですねえ。
R子さんがアメリカで5度目の結婚をした時のしょげかえりは可哀想なほど。彼女にはトラウマがあって、日本人とは一度も結婚しませんでしたから、5度目の人もアメリカ人の大学学長でした。

ある時アフリカに行くので、英国航空(現ブリティッシュ・エアウェイ)に乗りました。するとなんとすぐ側にY氏が女性と一緒に乗っているのを発見。私を見た彼は、ひきつけを起こさんばかりに仰天しCAが座って下さいと飛んでくるまで、飛び立とうとする飛行機の中で立ち続けました。Y氏は新婚旅行だったのです。そんなに驚くのは、私を見てR子さんがそこにいるように感じたのかも知れません。
彼のその後のことほとんど知りません。アフリカのどこかの国で仕事に成功しているとの話もありました。
日比谷の東宝ツインタワーの中にあるダンスホールで、Y氏と踊ったジルバを今は懐かしく思います。

04/08
兄の入院③
兄にはだまされ通しでした。

20年前に肺がんの手術をして、止めたはずのたばこ吸ってました。
病院に大事に持ってきたボストンバッグの底に、小さなライターが入っていて、びっくり。それまで気づきませんでしたが、よく見ると、右手の人差し指にヤニが付いています。
この20年吸っていないと言っていたのが、嘘だったのですね。

主治医が少々の水とアイスクリームは良いと言っているというので、アイスクリームを口に運んでいると、そこへ看護師さんが入ってきて、「なにしているんですか!!」「死んじゃいますよ!!」と怒鳴られ、初めて嘘だったことに気づきました。
やっと本当のお許しがでたので、大好きなアイスクリームを食べさせていると、もっと食べて良いと言われている等と嘘を言います。
あぶないあぶない、こちらも用心してそれにはだまされませんでした。

ある日、来週の火曜日に2時間自宅に帰って良いと許可が出たので、介護タクシーの予約を入れてくれと言います。車椅子にも移れないのに?というと、夕べベッドを降りて、歩けたから大丈夫と言います。勿論これも嘘なのです。
二階にある自分の部屋にどうしても行きたいというのです。それなら、誰か男手を頼んでとまで考えました。

ある日、看護師さんから「何分で来られますか」との電話。
駆けつけましたが、間に合いませんでした。
何だかだまされたような気分でした。その前の日まで、わがまま放題言ってましたから、そんな簡単に逝ってしまうなど信じられませんでした。

今、兄は帰りたがっていた自分の部屋に静にいます。
04/01
お喋り怪獣
新しく入ってきた人が、ラジオ体操にはじめてきた来た時のことです。
終わった途端、お喋り怪獣が新しい人に駆け寄ってきました。
これは救わなければ、と思った私は、「卓球します?私達この後卓球しているんですけれど、どうですか」とi言うと、「え!卓球?私卓球をすることが夢なんです!出来るんですか?」
お喋り怪獣ががっかりした顔をして横をすり抜けていきました。お助け大成功。

お喋り怪獣は、誰彼なしに話しかける人で、その時間が少なめに言って2~3時間にもなることがあります。皆少しづつ逃げているので、彼女のターゲットはもっぱら新しく入居してきた人。私達、出来るだけ、お助けをしています。
お喋りというのは、普通自慢話じゃありませんか。ところがこの怪獣は、自慢話もしないわけではないのですが、もっぱら最近の自分の体験を細かに、それを会話中に何度も話すものなのです。

掲示板の前で誰か来るのを待ち伏せしたり、後を追っかけていったり。彼女の隣に住む95才の女性は、逃げるのに懸命に歩いて鍵を開けていると、高齢なので指がスムーズではないので、ドアの前で掴まってしまうと、ぼやくこと。
以前は、男性には話しかけていなかったので、男性や夫婦ものだと掴まらないで済んでいたりでしたが、最近なそんなこと見境無くなりました。

お救いした卓球をすることを夢見ていたという女性は、これが全く卓球をしたことがなく、卓球の先輩からおしかりを受けてしまいました。責任を取って、私が今教えているところです。
幸い、ちょっとは見込みがあるので、楽しみです。
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