私の周りの「ユニーク」「変」「おかしい」人たちについての観察日記です。
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02/06
どら焼き
自分が生まれ育った街を歩いている時、繁華街から大分外れたところに和菓子店を見つけました。娘はカステラのラスクを、私はどら焼きを買いました。

夕食後食べてみるとバカ旨!
形は半月で、その中にしっとりした丁度良い甘みのあんが包み込まれています。皮は薄く柔らかく、口に入れるとまとわりつくようなこってり感。自分一人で食するにはもったいないので友人にもあげました。一人はその場で食べて美味しいと満足そうに食べ終えました。もう一人には、留守だったので帰ってきたらと思いドアノブに袋を掛けておきました。翌朝会ったら、駆け寄ってきて「何あれ、すごいおいしい!」と喜んでいました。

その街に住み続けている姉がたまたま電話をしてきたので、「知らないかもしれないけれど、すごく美味しいどら焼きがあるのよ、近くだから買ってみれば」と言うと、「知ってますよ。何時も近所の人に貰っているわよ。」との返事。
数日後電話が来て、「家政婦さんに買ってきて貰ったけれど、あれどこが美味しいの。ちっとも美味しくないじゃないの。」と言われてしまいました。

あれ?これっておかしくない?
プレイバック、プレイバック。「いつも貰ってる」と言ったじゃない!あの台詞はなんだったのよ。年を取るとこういう嘘が出てくるようになるのかなあ。自分の住む街にある菓子店を、遠くに住む妹が知っていて美味しいというのが許せないのかな。どっちもありそう。びっくりして、「何処が美味しいのよ」と責めてくる台詞がひどく失礼なことだということを、人に言われるまで気づきませんでした。

こういった些細な「嘘」というのが見られるようになるというのも、ある種の老化現象かなと思うこの頃です。
とは言え、このどら焼き本当に美味しい。「黒船」という店です。もし、入院をして手術をすることにでもなったら、入院前日にこのどら焼きを5個、いえ10個食べてから入りたいと思っているのですが。
01/30
絶交状
同じ老人ホームの中にいる人が、何時の頃からか、手紙をくれるようになりました。私にも自分にもニックネームを付け、ハガキや手紙がメールボックスに入ります。どちらかというと、苦手であまり近づきたくない人なのですが、手紙をくれるのなら、返事ぐらいはと、出していました。

ある日のことです。私がレストランでお客と会っていて、割と深刻な話をしていたときです。その彼女が入って来ました。それには気づいたのですが、大事な話でしたし、顔も向けずに話を続けていました。すると次の瞬間肩をどんとこづかれました。その人は大柄で、ぽんとしたつもりでしょうけれど、私はつんのめるぐらいの衝撃を感じました。驚いた私は、むっとして「今大事な話だから」と言ったのです。
その時はそれで終わったのですが、あのいい方はきつかったなあと反省し、翌日一応謝っておこうと思ったところ、声を掛けた途端、さっと顔をそむけて凄い剣幕で立ち去りました。そしてその日の午後メールボックスに恨みの手紙が入っていました。
その内容は、大事な話をしているらしいことは、自分には目があるから判る、でも会った以上挨拶をしようと思ったのに、あの態度はなんなのか、もう友人ではありません!という絶交状でした。この年齢でなんと大人気ないと思いつつ、一応すいませんの返事を書きました。するとまたぎっちりと恨みのこもったねっちりとした手紙が来ました。やはりあなたは友達ではありませんと終わりに結んであります。
もう付き合わないと言っているのに、どこかまとわりつくような感じなのです。

このまとわりつくような感じで思い起こしたことがあります。
中学一年の時です。一学年上の女子から手紙を貰いました。内容は私のことが好きなので付き合って欲しいというものでした。毎日のように手紙が来て、どうして良いか判らないまま、うちにも遊びに来るし、嫌というチャンスがないまま行き来してしまいました。その子が高校に進学してから、次第に疎遠になっていきましたが、貰った手紙は、大きな段ボール箱一杯にもなりました。
この時のまとわりつくような感じが、絶交状の彼女ととても似ているのです。それでその人が、学校の時の人と同じような感情を私に向けていたのかなあ、と想像したのです。どうも、私には、同姓を好きになる・なられるものがあるようなのです。中学の後も、そういう経験結構ありましたから。実は最近も、102才のお婆ちゃまに、「誰にも言わないけれど、私あなたのことが一番好きなの」と抱きつかれました。(咄嗟に私もぎゅっと抱きしめました。だって実害がないですもの。)

絶交状の彼女とは、挨拶程度はしますが、それ以外の交流が全くなくなったので、私はさばさばしています。とは言え、度々ねっとりした視線を感じるときがあります。

01/23
学習障害(Learning Disability)
学習障害(LD)という言葉を聞いたことがありますか。
成績や知能は良いのに、「字が読めない」「字が書けない」「文章の意味が判らない」といったような障害を持った人たちのことです。これが言われ出したのは、20年位前からでしょうか。当時は子どもだけに使われました。それも親の赴任先の海外で、そう診断されることが多かったのです。今は、かなり流布していて、ごく普通の母親が「うちの子はLDなのではないかと心配なの」等と言うのには、びっくりします。そしてその子どもたちが今は大人になったこともあるし、よく見るとかなりの年齢層にもこの障害があるを発見します。

とはいえ、それはちょっと離れたところの出来事で、身近にはあまり見かけませんでした。これはごく身近にいることになった男性の話です。最近知った30代の彼は、何かどこか変なのです。こういう時普通の人はこういう反応をするだろう、という予測に反して、何時も違う反応をする人なのです。しかも反応する時間もみんなより多少ずれます。気持ちのいい青年なのですが、何時も変と感じていました。

そのおかしさの大きなひとつが、昨日はっきり判かりました。
ラジオ体操をみんなでするとき、彼だけは全く違う体操をするのです。勿論似てはいるのですが、変な動きで、見ているとお腹を抱えて笑ってしまうような異様さなのです。日本の小、中学を出ていれば、ラジオ体操第1、第2を知らないということは考えられません。もしかしたら海外の学校卒業かとも思って聞いてみると、日本の学校を卒業したと言うのです。それで不躾ながら(大体私は不躾な人なのです)、「何年もラジオ体操をしてきて、どうして皆と同じように出来ないの」と聞いてみました。すると彼は憮然として、「自分のが人のとは違うということは、鏡でも見ない限り判らないじゃないですか」と言ったのです。そういうレベルの問題じゃないのに。変なこと言うなあ、屁理屈?と不思議に思っていました。
そこで昨日ラジオ体操に来た彼を掴まえて、「ラジオ体操をするとき私を真似てね」と言ったのです。すると、実際に音楽が掛かってラジオ体操をする段になったら、彼は私をじっと見ながら体操をしたのですが、今までと全く同じ彼の体操をするではありませんか。

この時、この人こそLDだと思いました。
つまり、人のやっている形を真似できない人なのです。形態模写をすることが困難なのです。それで他のことでも、同じようにトンチンカンなことが度々起こることが理解できたのでした。
小さいときはどんなに大変だったことでしょう。大人になってからは、知能でカバーしていて、ずっと生活しやすくなっているので、人からはちょっと変わっている程度で済んでいるのでしょう。

LDを含む発達の障害という概念は、社会的に成功していたり、ものすごく頭のいい人たち(アインシュタインやエジソンなど)にも当てはめて考えられるようになってきています。いえ、今は普通の人の中にも、そういう障害を発見できます。そういう私自身の中にもこれだと思うものがあります。例えば、私は数字や見た景色、人の顔を記憶する能力に優れています。一度見た人は、次に会ったときすぐに判ります。この記憶の良さは、アスペルガータイプ自閉症のカタログ的記憶に類似しています。ところが、目で見た数字や文字を、脳を通過させて手で記録するとなると、これがとても難しいのです。知人のメルアドを自分のアドレス帳に写すとき、2回に1回は書き写しミスをしてしまいます。メールが相手に届かず返ってきて書き直すということが度々(むしろ当たり前に)、起こってしまうのです。この手の間違いにほとほと困ってしまっているのですが、自分でしつこく注意をする以外他に方法がありません。でも、脳の問題なので、注意をしてもしても間違えやすいのです。脳の一部が、生まれつき欠損をしているといった発達の障害があるのではないかと疑ってしまいます。

貴方にもありませんか。こういう変なとこ。
01/16
認知症の妻に逝かれた男性
岡田さんは今90才です。
人の面倒をよく見る人で、とても感じのいい方です。

2年ほど前に妻を亡くした岡田さんは、その後の一年間は、むしろほっとした感じで、元気で今まで通りに過ごしていました。というのも、妻は最後の1〜2年認知症を患っていて、すべての自分の不幸は夫のせいで、夫が死ななきゃ自分は救われない、などと口汚くののしっていました。それに対して岡田さんは声を荒げるでもなく、穏やかに話しかける毎日でしたが、妻が亡くなったことにはどこかほっとしただろうことは、想像に難くないのです。

一年過ぎると、今まで以上に外出・旅行が多くなりました。話し好きで、出先での話をよく話してくれます。ただ、耳が不自由になっているので、こちらの言うことはなかなか伝わらず、とんちんかんなことになるのがしばしばで、これはとても残念です。
補聴器を勧めたところ、「世の中全部は聞こえなくて丁度良いでしょう」とブロック・アウトされてしまいました。この間などは、思わず持っていた書類を丸めて、それを岡田さんの耳に持って行って話をしてしまいました。

岡田さんは、この外出・旅行が多くなったのと比例して、寂しいを口にするようになりました。妻の日記を読んで、自分のことを優しい夫と書いてあった、一緒に年を取りたかったということが、あふれ出てきます。この頃からです、外出の度に気に入った人たちにお土産を買い込んで配るようになったのは。これがあまりにも度々なことで、私たちはいささか困っています。その配る分量がとても多い上に、その頻度もあまりにも多いのです。
でも、妻にしたかった優しさを、周りの人にしているのかなあと思い、ありがたく頂く日々です。

妻に先に逝かれた男性のその後の余命は、平均3年と聞きます。今、岡田さんは約2年経ちました。3年以上元気で生きていて欲しいと願います。
01/09
ドケチな人
バンコクは、アフリカ旅行に行けないときに、ごまかしに行くのに丁度良い距離です。雑多で、その雰囲気の中に浸っていると、東京での疲れを吹っ切ってくれるように感じます。
一流のブランド店もあるし、タイ独特のタイシルクや踊りがあるし、車を飛ばせば虎や豹も沢山いるクロコダイルファームなんという所もあります。或いは、キックボクシングやオカマショウなどという胡散臭い場所もあります。
一人で行くときは、オリエンタルホテルに泊まります。古い建物ですが、歴史のある佇まいで、この中でゆったりした時を過ごすのは、何とも至福の時です。

その時もバンコクで一人のんびり休暇を楽しんでいました。確か正月休みだったと思います。出発前に、仕事関係の知人のビジネスマンに「お正月は何処で過ごすのですか」と尋ねられて、「バンコクです」と答えたのでした。すると、オリエンタルホテルで過ごしていた二日目の昼頃、その人から電話があって、「仕事でバンコクに来ることになり、一日だけですがヒルトンに泊まっています。今日夕食にお誘いしたいのですが」と電話がかかってきました。私を追っかけてきたの?気軽く正月の居場所を教えてしまったことを後悔しました。バンコクに駐在している彼の友人も一緒だというので、誘いを受けて、夕方レストランに出向きました。出向くといっても、オリエンタルホテルの中にある「ジム・ロード」というところです。
ここでは美味しい味とお喋りを楽しみました。特にその友人という人が、タイのことをよく知っていて、その博識にびっくりしました。

さて、食事も済んで、ボーイを呼んでお勘定という、正にその寸前その知人は急にトイレをもよおしたという風情で「ちょっと失礼」と席を立ったのです。そして慌てたように戻ってきたときには、勿論友人という人が全部会計を済ませていました。
「この人は間の悪い人だな」とその時は思いました。
それから、彼らはもう少し飲みたいとのことで、場所をラウンジに変えました。その時も、その人は会計の寸前に席を外しました。間が悪いのではなく、むしろ間を取るのが非常に上手と言えそうです。席を立っている隙に「何時もこうなのですか」とその友人に尋ねると、苦笑いをしながら「彼らしいではありませんか」と言ったのです。心底仰天。こんな人には今まで会ったことがありません。そういえば東京で会っているときも、会計を会社の経費で落としていましたっけ。
その人が戻ってきた途端、「今日はお誘い下さって有り難う御座いました。明日とても朝が早いツアーに申し込んであるので、これで失礼します。」とさっさと部屋に引き上げました。

東京でその人と会う機会があったとき、彼はいとも簡単に「またご馳走しますよ」と言ったのでした。
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