私の周りの「ユニーク」「変」「おかしい」人たちについての観察日記です。
10 * 2009/11 * 12
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
11/21
最近の子
最近の子どもは、やけに大声を出すようになったと思うのは私だけでしょうか。
普通の声で親に要求する前にすでに大声を出し、次の瞬間には泣きわめく子どもも少なくありません。そうしないと親が注目してくれないかのようです。
大人のことなど全く気にせず、店内を駆け回る子ども達のこともよく目にします。鬼ごっこやかくれんぼをしたりしています。狭い家の中では駆け回ることなど出来ないのですから、そりゃ楽しいでしょう。でもうるさいしぶつかられて迷惑です。親も店員も止めないし、そもそも私たち年代の者が「うるさい」と感じるほど、彼らは子どものうるささを感じていないようなのです。

先日、レストランでひきつけを起こすのではないか、と思うほどの泣き方をずっとしている幼児がいました。うるさいので早々と会計を済まして出て行く時に、「どうしたのでしょうね」と、暗にうるさいじゃないのといった非難を込めて店員に言ったところ、「元気なお子さんで」と返ってきて唖然としてしまいました。
本屋では、幼児たちの追い駆けっこがあまりにも危ないので、店員に「どうして止めないのですか」と言ったところ、「はぁ?」と言われて茫然。以前なら、そう数年前までなら、「気にはなっているのですが。ご迷惑を掛けて済みません。」といった店員の言葉や態度があったのですが、今はそれすら期待できません。

渋谷のロフトで文具の買い物をしていた時です。小さい兄妹がキャーと声を出しながら追い駆けっこをしています。ぶつかって来て痛いし危ないので、何度目かにぶつかって来た時に、お兄ちゃんを掴まえて、「お店の中で駆けっこをしちゃいけません」と注意をしたのです。そこへ妹が追いついて来て、更に子ども達が急に静かになったので若いお母さんも何事かとやって来たので、もう一度兄妹に同じことを言いました。
そういう注意を他人からされたことがなかったのでしょうか。幼い兄妹となんとお母さんまで整列するように並んで、三人揃ってポカンと私を見てフリーズしてしまったのです。彼らにはきっと異次元体験だったのですねえ。

やっと気づきました。
世の中全体が周りのことに関心が薄いんですね。子どもは自分に関心を向けて貰うのには、ヴォリューム最大で叫ぶよりしょうがないし、関心が薄い環境に適応して好きなように振る舞っているのでしょう。
ふっと自分の娘が子ども時代どうだったか記憶を辿ってみました。彼女は超好奇心の強い子で、いろいろな物に触ったりどこかに行ってしまったりもしましたが、公衆の場で、大声を出したり聞き分けがなかったという記憶が全くないのです。他の子ども達も同様で、大人に対してある種の畏敬の念がありました。
何時から今のようになってしまったのでしょう。あと、10〜20年したら世の中どうなるのでしょう。その頃をきちんと見届けたい気もするのですが。


11/14
痴呆の夫の死
9月19日に「痴呆症の夫の介護」という題で書いた人の続きです。
Jさんの夫が亡くなりました。
Jさんが白内障の手術のために1週間入院している間に、どんどん具合が悪くなってしまったのです。呼んでも呼んでも来てくれない妻を待ち続け、それがダメージにつながったのでしょう。Jさんが帰ってきた時は、それこそひどい状態になっていたのです。Jさんはそれを介護の人たちのせいにするのですが、自分がいなかったことは思い至らないようです。大体、それほどは不自由をしていないのに、なんで今白内障の手術を?今時日帰りで手術をする病院が幾らでもあるのに、なんで一週間も入院するところに?

幾らJさんがひどい介護だったとしても、夫を亡くしてお気の毒と思っていたのですが、そうも思えなくなってきました。というのは、Jさんが介護の人たちの悪口、会社への不満をみんなに言うようになったからです。
その内容は、老人ホームの介護病棟で夫は最後を迎えたのですが、寝っぱなしの1週間、寝間着も取り替えられない状態だったというのです。それで亡くなった直後新しい寝間着をベッドの側に置いておいたのに、気づいたら着ていた寝間着のまま納棺されていたので、葬儀屋に出して下さいと言ったら、それは出来ませんと断られたと言う文句です。
これっておかしくありません?寝間着は自分で替えられなければ、介護の人と一緒替えればいいことであって、ベッドにポンと置いておけば替えてくれると思い込む方がおかしいでしょう。葬儀社の人とのことも、どうしてもと言って出して貰ったら良かったでしょうに、その時納得した出せない理由を、本当は出せたはずだと怒るのって筋違い。
夫の介護を十分しなかったという罪悪感がどこかにあるので、すべてを人のせいにして当たり散らしているのです。

レストランでは、「本当にお世話になりました」などと私に言って泣き崩れたりするのですが、しらけてしまいます。
Jさんには、Jさんの悲しみや言い分があるのは頭では判りながら、あの、人の良いJさんの夫の顔が浮かんでくると、ふつふつと怒りがわき上がってきてしまうのです。
11/07
友情10周年記念
何時だったか友人と何度目かのアフリカ旅行に出掛けました。その頃は、私たち二人はどちらも個人旅行をしていたのですが、政情が不安定で、無難なツアーに入ることにしました。
私たち二人以外は、画家夫妻とその妻の二人友人で、計6人でした。
アフリカ旅行にはどうしてだか画家という人に多く出会います。実は一緒の私の友人も画家なのです。アフリカは、画家たちにとって魅力を感じて旅先に選びやすい国々なのかも知れません。
私達以外は70歳前後の人たちで、それに比べると私たちは当時大分若かったのです。
旅行中は驚くことばかりでした。
まず、この夫婦が何時もアクセサリーを付けているのですが、夫がじゃらじゃらしたネックレスなど平気で付けています。閉口した私が「随分変わった物を付けられますね」というと、「いやあ、褒めて貰って。毎朝女房と付けたい物を取り合うんですよ」との返事。男性でも、じゃらじゃらネックレスを付けて妙に似合うのですから、他人が言うことではないのですが、これ、アフリカだから良いようなものの、日本の中だったら振り返えられると思います。

女性の一人は、変に色っぽくて、20代のアフリカ人ガイドに秋波を送り続けるのには、やるなあという感想よりも「いい加減にしとけば」という気分になりました。タンザニアでのある朝朝食に出掛けようと部屋から出ると、不景気でもう何年も手を入れていないおんぼろホテルが、なんだか揺れているような感じなのです。友人と顔を見合わせていると、友人がこれってお経?と言うではありませんか。後で知ったのですが、この女性は熱心な創価学会の信者で、夢中になると1〜2時間お経を唱えるのだそうです。その一心不乱の読経の波動が、ホテル全体に広がって揺れているように感じたのです。あんな凄いお経は初めて聞きました。

ある日、丁度誕生日だった画家のために、ガイドが気を効かせてケーキを注文しました。それが運ばれてくると、レストランの他の客も全員でハッピーバースデイを歌ってお祝いしました。
彼はそのお返しのつもりでか、オーソレミーヨを歌い出しました。大声を張り上げて歌う歌声や姿に、レストランの客は拍手喝采。一番二番の時はそうでしたが、三番になるとただ大声だけの歌唱力に、みんな嫌気がさしてきています。空気読めなくて、ずっと歌い続ける彼に、同じテーブルの私たちは恥ずかしくて顔から火が出そうでした。

これもある晩のこと、6人同じテーブルで何時も食事をするのですが、友人と二人で楽しくお喋りをしていて、ハッと気づくと、4人がじっと私たちを見つめているのです。何これ?すると創価学会のおばさんがおもむろに「良いわねえ、貴方たち会話が弾んで。明日から席を色々変えましょう」と言ったのです。私たち共有物じゃな〜いっての。

このツアーの最中、私と友人二人は、アフリカで知り合い、友人になっての10周年の記念を盛大に祝いました。夜の10時もう他の客のいなくなったレストランで、大きなケーキを、そこに集まってくれたレストランのコックやボーイと分け合って、アフリカの歌を歌って騒ぎまくりました。そもそもこの旅行はそのための旅行でした。あんな素晴らしいアフリカの夜の思い出は、今も私たちの宝物です。
ツアーそのものは疲れ果てました。でも今振り返るとおかしくて笑っちゃうんですけれど。

10/31
街の風景
最寄りの駅には駅ビルがあり、大きなスーパーがあります。人が行き交う広いスペースもあり、夕方になると人があふれかえります。
私はこの活気のある雑然さが嫌いではありません。

夕方になると行き交う人の中で、ひときわ目立つ高齢の二人の女性が気になっています。
一人はたまに、一人は毎日のように出会います。
一人は、かなり高齢だとは思うのですが、年齢がよく判りません。荷物がちょっと入れられる車の付いたウォーキングステッキを左手に持ち、それを動かしながら体を少しずつ少しずつ動かして、蟹のように横ばいで歩きます。見ているといかにも不自由そうです。人が10秒で歩く所を5分ぐらい掛けて歩いているのです。初めて見た時、ぎっくり腰をしたばかりで、人の手助けどころではないのに、思わず「お手伝いしましょうか」と声を掛けました。するとその人は立ち止まって、「ご親切に。貴方のように声を掛けて下さる方は大勢いらして、すごく嬉しいの。でも、私はこの押し車との間の微妙なバランスで歩いていますから結構です。ありがとうございます」とにっこりされました。それからは見かけても声は掛けませんが、頑張って!と心の中でエールを送ります。

もう一人の方は70代前半の女性です。肥った大きな犬を連れ、毎日駅前を散歩しています。のしのしと歩いているこの犬を見ると、多くの人が駆け寄ってきて声を掛けます。取り囲んで犬の種類や名前、餌は何を食べるのかなど女性を質問攻めにしています。彼女はその都度丁寧に答えていて、1時間ぐらいそこにいる時もあります。犬は大体退屈していて寝そべってしまいます。いざ歩き出そうとして犬を立たせようとすると、それは大変。「お願い立って」と哀願したり、お尻を叩いて脅したりしても、知らんぷりです。まるで「ボクの話題なのにボクを仲間はずれにして!」とすねてでもいるようです。
この女性は、意識的かどうかは判りませんが、散歩を理由に人との交流を上手に図っているように見えます。これって犬が一種のコミュニケーションツールってこと?

どちらの女性にも生きる力のたくましさを見せて貰っているように思え、なんだか何時も少し力を貰っているのです。
10/24
ディズニーランド
念願のディズニーランドに行ってきました!

ずっと行きたかったところです。私のように物見高い人が、今まで行ってなかったこと自体、自分でも不思議なぐらいなのです。何故かチャンスがなかったのです。ディズニーシーの方には数年前に行ったものの、行っていないディズニーランドの方には、何時か行きたいと思っていました。とはいえ、この頃ではほとんど諦め気分でした。
でも誕生日に、娘とそのBFに誕生日祝いとして、デズニーランドにエスコートをして欲しいと頼みましところ、快諾を得ました。
丁度新型インフルエンザが流行ってきて、あまりにも世間的に大騒ぎだったので、人混みに出掛けることに躊躇いがあってその時は中止。数ヶ月後次の予定を入れたときは、喜びすぎて前日足の爪を剥がし中止。ですから3度目の今回はなんとしても行きたいと思って、やっと念願が叶った日だったのでした。

人であふれかえった園内、でも初めての私にはそれがいつものことなのか、ハロインでなのか判らないので、エスコートの2人が「混んでいるねえ」と言っているので、そうなのかと思ったのでした。それにしても、エスコート役が2人いるというのは、何とも心強い。前々から足が痛い(脊柱管狭窄)私にはそれが良いと予定していたらしく、電動カートなるものをあっという間に娘が借りに行っています。係が私を手招きして、操作できるかどうかをチェック。簡単な操作ですから、すぐにオーケーが出て借り受けました。

まずはショップに入って帽子選び。似合うものを見つけるのに結構時間を掛けて探し回りました。それぞれ別々のものを見つけて着帽。準備完了、いざ出発。
何処も60分待ちとかすごい待ち時間。でも、電動カートを借りると、特別なカードをくれて、それで乗り物に乗るとき、並ぶ場所も違って優先的に先に乗せて貰えるのです。付添2人までは当然一緒。すごい特典がついているのです。ラッキー。
まずハロインのパレードをすぐ目の前で見て、もうお昼だったのでレストランに入りました。食後は「ジャングルクルーズ」と「カリブの海賊」に入りました。待っている間は、その時間が来るまで園内をうろついていました。園内ほとんど全部回りました。電動カートがなければ絶対出来ないことです。入ったアトラクションは二つとも想像以上に良くできていて、楽しかった!
でも、一番楽しかったのは、電動カートかも。車の運転を随分前に止めたので、久し振りに運転した感じで、めっちゃ楽しくて走り回ってしまいました。素敵な一日でした!!
Copyright © 2005 私の周りのおかしな人たち.
all rights reserved.